メイン | 2006年06月 »

2006年05月15日

札幌滞在記3「報恩学園」

DSCF0011.JPG
報恩の「恩」は「恩であり、温であり、また音である」
と88年前に設立された小林九一先生がおっしゃっていたとのお話うかがったが
お名前もご縁のあるこちらの学園に、父もなんどかお邪魔しているとのこと。
そんな場所に前日橘先生が思い立ち、帰京前の時間をつかって訪問させていただくことになった。
こちらもハローエンジョイと同じく、知的障がい者授産施設。
急遽、40分ほどのライブをしたのだけれど、
なんだか感謝されるというより、わたしが感謝したいあたたかい時間だった。

私以上に(?!)坂本九の歌をみんなが愛してくださっている園生さんと
音楽を通じて交流できたこと。
父が北海道での活動を大切にしていた理由。この肌ですごおく強くわかりました。
まだほんの一部かもしれないけれど、これはなによりのわたしのお土産です。

また、必ず、帰ってきます。

2006年05月10日

札幌滞在記2

060324_1354.jpg

記念館に到着後、「サン九」という敷地内の喫茶店にて昼食。
以前にここのテラスにて食べたことがあって、そのイメージでいたのだけれど
桜の開花した東京のように甘くはなく北海道は雪景色!

父が好きだった「厚真町」のジンギスカンをいただく。
甘みが強くてやわらかくって、ご飯がすすむ味付けがとても美味。
こちらではどこそこのジンギスカンというと、その場所やお店のタレの違いが大きいそう。

そしてそのあと、ハローエンジョイ(知的障害者授産施設)の利用者さんのところで
即席ライブ。
私がリクエストの曲を歌えないと言ったら、前に出て歌ってくれるほど皆音楽通。そして音楽大好き。

それもそのはずです。
大先輩には、知的障害の方達で作られたバンド「ハローブラザース」がいる。
彼らはベンチャーズと共演という実績ももつ。
バンド結成のきっかけは父だったそう。
ライブをやっていても思う事は、音楽はバリアなんてそもそもない。
なんだかここでライブをすると元気をもらってしまう。元気をほんとはあげなきゃいけないのにね。笑。

写真はライブ後、事務所にいたらみんながガラス越しに「また来て!!!!!」と
声援を送ってくれたときのもの。この笑顔みたくって、言われなくてもきちゃいますよ。笑。

2006年05月01日

はじめまして。

060324_1531.jpg

これから、まさにOne stepずつ、少しずつ、活動日記更新しますので
遊びにきてくださいね。

今日は、先日行った札幌日誌第一弾。
まずはこちら、One step to 9の事務局もある記念館。
記念館ページにもある通り、坂本九の福祉活動の足跡がつまった場所。

実は、去年の8月、オスタカの事故から20年目にはじめてその山に登った。
感じたことはたくさん。涙もあったし、楽しいハイキングでもあった。
ここにくるまで20年かかった。と言うことで少しはその心情を伝えられるかな?

そして登ってみて感じたこと。
「もっとパパに近づきたい。」
いままではむしろ避けたい話題だった父に、近づいて、知って、一緒にいたい。
と思うようになった。

そこで思い浮かんだこと。
北海道に行きたい。
父の心にふれたい。と思ったときに最初に思ったことだった。

そして、その秋、記念館へ。
早速「サンデー九」の仲間たちが力を寄せてくれて、坂本九の誕生日である
2005年の12月10日にはじめてのライブをした。

ここは「おもいで記念館」
坂本九と北海道のみんなの思い出はもちろん
その心に出会える、そしてまたあたらしい「想いで」思い出をもって帰ることのできる場所。

そしてまた、東京は桜が咲き始めた春、わたしはここに「帰って」来た。

つづく。